歯内療法におけるフレアアップ
根管治療のあとに、予想外の強い痛みや腫れでつらい思いをする患者さんがいます。いわゆる「フレアアップ」と呼ばれるもので、厳密な定義に基づく発生率は約2.83%と報告されています。100人に約3人の頻度ですが、その背景には術前からの感染や痛みの状態、手技の細かな配慮など、いくつかの因子が重なっています。本記事では、最新のエビデンスに基づいて、フレアアップが起こる理由とその予防・対応のポイントを、臨床現場で実装しやすい形で整理します。
まず押さえておきたいのは、「誰に起こりやすいのか」という点です。最もわかりやすいサインは術前の痛みです。とくに自発痛(何もしなくてもズキズキ痛む)や打診痛(噛んだり触れたりすると痛む)がある場合、術後に急激な症状が出やすくなります。エビデンスでは、自発痛は約5.8倍、打診痛は約3.5倍の相対リスク上昇と推定されています。加えて、レントゲンで根尖に透過像が見えるケース(根尖病変)や、歯髄がすでに壊死している失活歯もリスクが高まります。これらは歯の中や根の先に細菌・炎症が根付いているサインで、治療に伴う機械的・化学的刺激が引き金となり、内圧の上昇や炎症メディエーターの急増を招きやすいからです。
患者背景や症例特性によってもリスクは変わります。再治療の歯や複数回に分けて治療する計画の歯は、形態の複雑さや持続感染の影響でフレアアップが増える傾向にあります。下顎の歯は周囲骨が緻密で圧が逃げにくいことから、腫脹時に痛みが強く出やすいという臨床的体感とも一致します。一方で、年齢や歯種、器具の種類(Ni-Tiロータリーか手用か)といった要素は、フレアアップに大きな差を与えないとされます。つまり、器具選択よりも、無菌操作や作業長の厳守、根尖外へのデブリや洗浄液の押し出し回避といった「基本の質」が決定的に重要だということです。
では、日々の診療で何を徹底すべきでしょうか。私たちが実践しているのは、まず術前の層別化です。初診の時点で、自発痛と打診痛の有無・強さをVASなどで記録し、レントゲン(必要に応じてCBCT)で根尖病変の有無を確認。歯髄の生死、再治療の履歴、予定回数(単回か複数回か)も併せて明確にします。高リスク群では、即時の根管充填に固執せず、感染コントロールと症状の安定を優先し、閉鎖前の疼痛評価を必ず挟みます。洗浄は低圧・十分量を基本とし、ニードルの先端は作業長から安全域を確保、バックフローを確実に取れるようにします。最終洗浄はEDTAの併用や音響・超音波などの活性化を症例に応じて選びますが、いずれも「押し出さない」ための設計が前提です。ラバーダムの徹底、電子根管長測定とX線での検証、グライドパス形成時のペッキング圧管理など、どれも当たり前のようでいて、フレアアップ予防の核心にあります。
疼痛管理と患者コミュニケーションも欠かせません。高リスクが見込まれる症例では、痛みの予測レンジと持続時間、どのような症状が出たら再受診すべきかを事前に説明します。緊急連絡先や夜間の対応方針、必要になった場合の根管減圧や追加入薬の基準も、文書で渡しておくと安心です。実際にフレアアップが生じた場合も、適切な鎮痛薬の使用、患部の過度な冷却回避、必要に応じた根管減圧などで多くは数日で改善します。「起こりうる事象」であることを、科学的根拠にもとづいて共有しておくことが、患者さんの不安を大きく軽減します。
ここで、典型的な症例から学んだポイントも触れておきます。下顎大臼歯で術前の自発痛と打診痛が強く、X線上で明瞭な根尖透過像を伴ったケースでは、ラバーダム下で作業長を厳守しつつ二回法を選択したが、48時間後に強い疼痛と腫脹で受診され、根管減圧と鎮痛薬で軽快したことが報告されている。この経験から改めて実感したのは、術前症状と根尖病変の組み合わせは最重要リスクであり、処置そのものの丁寧さに加えて、事前の期待値調整とレスキュープランの共有が治療満足度を大きく左右するということです。
以上の情報源は
Ohshima, J., Morita, M., Kawanishi, Y., Abe, S., Tanaka, N., Shimaoka, T., … & Hayashi, M. (2026). Factors Associated With Endodontic Flare‐Ups: A Systematic Review and Meta‐Analysis. International Endodontic Journal.
系統的レビュー、メタアナリシスに拠ります。
最後に、患者さん向けの短い説明文例を置いておきます。
配布資料や術後説明用です。
本日の治療は歯の根の治療です。治療後に強い痛みや腫れ(フレアアップ)が出る方は、100人中およそ3人です。治療前から強い痛みがあった方や、レントゲンで根の先に影がある方は起こりやすくなります。もし我慢できない痛み、頬の腫れ、飲み込みにくさ、発熱などが出たら、配布した連絡先にご連絡ください。指示どおり鎮痛薬を使用し、患部を冷やしすぎないでください。必要に応じて追加の処置(根管の減圧など)を行います。多くは数日で改善しますのでご安心ください。
要点をまとめると、フレアアップは「失敗」ではなく一定確率で起こりうる事象であり、最大の予兆は術前の自発痛と打診痛、次いで根尖病変と失活歯です。再治療や複数回治療、下顎歯、女性といった因子も関連します。一方で、器具の種類よりも、無菌操作、作業長遵守、押し出し回避といった基本の質が予防の鍵です。術前の層別化、丁寧な手技設計、先回りのカウンセリングとレスキュープラン──この3点を確実に回すことで、フレアアップの確率と影響を最小化できます。
実際に当院では、フレアアップを起こしたことがありませんが、可能性は常にあると思って治療にあたっています。
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*監修者
東京国際歯科 六本木 院長 宮下 裕志






